2012-11-22から1日間の記事一覧

さらに19日(月)には、県企画課の皆様と教育旅行の本陣とも言われる「公益財団法人全国就学旅行研究協会」の本部(東京)を訪問、山本部長から最新の教育旅行の姿をレクチャーして参りました。富士川流域は正に教育旅行のメッカになりうる素材が豊かにあることから、将来に向け大きな夢が出てきました。これは、中部横断自動車道沿線活性化推進協議会のPJを促進させる大きな力に繋がると確信しました。

また12日は、帰路、池上本門寺へ回り、身延町本遠寺にある家康の側室「お万の方墓所」と同じ「お万の墓所」があるということから、現地を見て来ました。さすが徳川家の墓所は違いますね。これも改めて後日詳報を書きます。

翌12日(月)は、かねて現地を見たかった東京お台場に残る遺跡、これは江戸末・ペルー来航の時代に築かれた「砲台」ですが、(この砲台があったことから、今ではお台場などという名所になりましたが)、その第3砲台へ山梨県埋文センターの宮里・西海両君の案内で行ってきました。見事な砲台の石垣など含めた構造に驚きましたが、古絵図に残された記録の中に「甲州石工小屋」と書かれた作業現場があることが分かりましたが、かっては甲州といえば、(身延町)夜子沢の石工衆が浮かびあがりますので、この辺の詰も今後大事だと改めて痛感してきたと

11月11日(日)には、湯之奥金山博物館応援団の高岡団長が、かねて富士川河口付近で、下層から上層へ向け「礫層〜粘土層〜砂層〜(最上層が厚い)溶岩層」が見られるポイントを見つけましたが、この日に県立大学特任教授の輿水達司さんの指導を受けるべく同行頂き、高岡、輿水、谷口の3名で現地踏査に出かけました。この溶岩層は富士川左岸に見事な前記した層序を残しており、見る人には感動すら与えるものですが、最上層の溶岩は1万年前位の富士山の溶岩流の堆積したものと分かりました。下層の礫群層は、その時代の川底にあたる部分のもので